日本で働く彼らの過ごし方とは
一年を締めくくり、新たな年の訪れを祝う「年末年始」。日本では大晦日に家族で年越しそばを食べ、元旦には初詣に出かけるのが一般的で筆者もその一人ですが、東南アジアの国、ミャンマー連邦共和国では、この時期の風景はガラリと異なります。
実は、ミャンマーの暦において「新年」が訪れるのは4月。仏教徒が多いミャンマーでは、4月中旬に迎える伝統的な正月「ティンジャン(水かけ祭り)」こそが、一年で最も重要な長期休暇であり、文字通りの「年越し」の時期なのです。この時期は全国が祝日となり、人々は家族や親戚と集い、盛大に水をかけ合って厄を払い、新しい年の幸福を願います。街中が水浸しになるこの光景は、ミャンマーの活力そのもの。寺院では功徳を積むための仏事が行われ、人々は動物の殺生を控えるなど、宗教的な意味合いも深い時期です。

日本の「正月」はあくまで普通の週末?
ミャンマーは仏教国でありながらも、歴史的な経緯から西暦も広く用いられています。公的なカレンダーは西暦に従っていますが、12月31日と1月1日は、実は祝日ではありません。学校や官公庁、多くの企業は通常通り稼働しており、日本のような「国民の祝日」としてのお休みムードは存在しないのです。
国民の意識の中では、「ティンジャン」が最も大切なお正月であるため、この時期は特別なイベントや儀式を行う風習はほとんどありません。強いて言えば、キリスト教を信仰する少数民族の間ではクリスマスから年末にかけて、ささやかな祝祭が行われますが、国民全体としての習慣とは言えません。
多くのミャンマー人にとって、西暦の年末年始は「普通の週末」と変わりません。もしこの期間が週末にあたれば、家族や友人と外食をしたり、映画を見に行ったり、近隣の公園や寺院へ出かけたりと、普段の休日と同じように過ごします。むしろ、ミャンマー最大の都市ヤンゴンでは、この時期は観光客が少なくなり、静かな日常が流れる傾向さえあります。
とはいえ、近年のグローバル化や外国文化の流入により、特に若い世代の間では、西暦の年越しを意識する動きも見られます。大都市のショッピングモールなどでは、クリスマスと新年に合わせたイルミネーションが施され、ホテルや高級レストランではカウントダウンイベントが開催されることもあります。しかし、これはあくまで一部の商業的なイベントであり、国民的な風習には至っていません。
海を越えて働くミャンマー人労働者の実情
日本の製造業や介護、農業など様々な分野で活躍するミャンマー人労働者の数は、年々増加しています。彼らにとって、日本の年末年始はどのような意味を持つのでしょうか。
日本では、12月29日頃から1月3日までを「正月休み」とする企業が多く、これは彼らにとっても貴重な長期休暇となります。しかし、ミャンマー人には、この期間に「実家へ帰省する」という文化的な風習は基本的にありません。
その最大の理由として、前述の通り、彼らの本当の新年が4月にあることが挙げられます。日本のお正月は、ミャンマー国内の家族も仕事をしていることが多いため、帰国しても皆が集まるわけではないのです。さらに、ミャンマーへの往復航空券は高額であり、数日間のために費用をかけるのは現実的ではありませんので、4月の「ティンジャン」の時期も日本国内でイベントを行うなど、ミャンマーへわざわざ帰ることはほぼありません。
そのため、日本で働くミャンマー人の多くは、日本の正月休みでも「水かけ祭り」の時期も日本国内で過ごすことを選択します。
彼らの年末年始の過ごし方は多岐にわたります。 最も一般的なのは、同じ地域に住む友人や同僚、特に同じミャンマー人コミュニティで集まり、ホームパーティを開くことです。ミャンマーの伝統料理であるモヒンガー(魚のスープ麺)やラペットゥ(お茶の葉のサラダ)などを皆で作り、故郷の言葉で語り合いながら、異国の地で束の間の団らんを楽しむのです。また、日本の文化に触れる機会として、友人たちと神社へ初詣に出かけたり、雪景色を見に旅行に出かけたりする人もいます。
彼らにとって日本の正月休みは、あくまで「リフレッシュのための休暇」であり、日本の文化に触れながら、故郷の家族や友人を思いやる大切な時間となっています。日本の慣習にとらわれず、自分たちなりのやり方で新年への英気を養う、たくましい彼らの姿がそこにはあります。
西暦の年末年始は、ミャンマー人にとって必ずしも特別ではありませんが、国境を越えて働く彼らにとっては、日本で新たな年を迎えるにあたり、絆を深め、活力を得るための貴重な機会となっていると言えるでしょう。